東北関東大震災のよりよき復興にむけて(その1)

2011年3月22日

2011年3月11日 に発生した東北関東大震災は、今なお、災害そのものが完全に収束したとは言えず、人命救助や捜索活動が続けられているが、徐々に復旧・復興の課題がウエイ トを増しつつある。前代未聞の今回の災害からの復興には、長期間を要し、かつてない困難に直面すると思われるが、阪神・淡路大震災の国内外での災害復興の 経験をもとに、現時点で考えうる重要点を記し、今後のよりよき復興の一助となることを願うものである。

1.今回の災害の特徴

戦後最大の死者を出した東北関東大震災は、1923年におきた関東大震災や阪神・淡路大震災とも異なる特徴を持つ災害である。それは、一言でいえば、地方都市とその周辺域の高齢社会を襲った超広域・複合災害である。

(1)超広域性

第1に、今回の地震は、予想されていた宮城県沖の地震であるが、実際にはその範囲にとどまらず、岩手県から茨城県沖の南北400km、東西200kmの岩盤が破壊され、その結果、地震の規模そのものが予想をはるかに超えた(M9.0)。この地震エネルギーが巨大津波を引き起こし、南北500kmの広域に被災地が孤立点在することとなった。

(2)複合性

今 回の災害でみられた現象として、少なくとも地震のゆれ、津波、火災(コンビナート火災、山火事含む)、地すべり、原発事故がある。これはいわば、<奥尻+ スマトラ+四川+原発>型とでもいうべき複合的な災害である。つまり、奥尻型の津波・火災がスマトラ並みの規模で起こり、四川のような広域に点在する小都 市・集落を襲ったのであるが、さらに、そこに原発事故が加わり、かつて経験したことのない災害になっている。このような複合型の被害であることが、復旧・ 復興に際して、以前にもまして、難しい問題を投げかける。

(3)高齢化の進む地方小都市・集落を襲った災害

阪 神大震災の場合は、大都市とその都市圏内にある都市・集落が被災地であったが、今回の被災地は、仙台都市圏も含まれるが、大都市からかなり離れた小都市と 集落である。また、阪神大震災のときに比べて、日本経済の力は低下しており、高齢化の進行、失業率の上昇など、復旧・復興に際しての困難さは増している。

2.復旧・復興の困難性

地方の高齢社会、超広域、複合災害という特徴が復旧・復興、生活再建を従来になく困難にすると思われ、これまでの経験を下敷きに考えないほうが良い場合もあることを認識しておくことが必要である。

(1) 津波によるこれほどの被害は最近になく、安否確認、遺体捜索・その特定などに相当長期間を要する。被災者の関心もそこから離れることができず、すぐさま、 復興や生活再建に取り組めない可能性がある。また、津波によって多数の人々が犠牲になり、家族や地域社会の崩壊といった事態も生じており、復興に向かうこ とを遅らせる。

(2)また、今回のような原発災害は初めてで、沈静化したとしても、すぐには原発に対する不安が解消せず、地域の再建に対して重要なファクターとなりうる。

(3)津波災害によって、土地の移動が起こり、また境界が不明となり、従前地の権利確認が困難となる地区が相当あると思われる。地震や火事だけの被害とは異なる困難性である。

東北関東大震災のよりよき復興にむけて(その2)」へ続く.

工学研究科建築学専攻 教授 塩崎 賢明

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